背負った荷物を降ろしていく
自分の分ではないのに、誰かの荷物を抱える頑張り方をすることがあるかもしれません。・職場でミスを連発して、それでもあまり反省しない人の尻拭いを良くしている。
・自分の営業の成績が良いという理由から、職場の売り上げの全てを担おうとする。
・あまり一人で稼いだり頑張ろうとしないパートナーの分まで、自分が稼ごうと奮起する
それは人よりもできることが多く、
人が一人では背負えない重さを背負える強さを持たれているからかもしれません。
でもそれがずっとずっと状態として続いてしまうとしたら、本当にしんどくなってしまうかと思います。
誰かの荷物を自分が抱えることでしんどくなってしまうとしたら、
その荷物を降ろしていくことが大切になります。
背負ったものを降ろしていくとはどういうことか
例えば背負った荷物を降ろしていくとは、自分の才能に気付くことでもあります。
それは自分ができる人であるということを自覚することでもあります。
・職場の成績を担おうと思う程に営業の成績が良いのだとしたら、
あなたというキャラクターや、あなたの雰囲気から醸し出される話術や商品説明に人々は魅了されて、
お金を出しても良いと思う程、その商品の価値を感じたということです。
それだけお客様を引き付ける魅力をあなたが持っているとするならば、
あなたが個人でお仕事をされたとしても十二分に上手くいくかもしれません。
そしたら個人でやる分だけ、
あなたのゆとりはキープしやすくなるはずです。
その努力は果たして簡単なもの?
また人の荷物を背負い込まれる方の場合、
ご自身の人の荷物を背負い込んでまで頑張ることを、過小評価されていることがあります。
人の分まで頑張るということは簡単なことではないはずです。
でもいつの間にか、自分の趣味の時間や好きな時間を犠牲にするくらい疲れているのに、
それでも頑張り続けようと思われているかもしれません。
どれだけの時間、考え続けるという労力を使ってこられたのだろうかと思います。
また人の分まで頑張っているのに、
職場の人がそれほど評価してくれないばかりか、違ったことで叱られることが多いということもあるかもしれません。
評価されない環境の中で頑張るということは、自分が自分に課したノルマに一人で進むということです。
やる気も気持ちの立て直し、切り替えも全部一人でやらなきゃいけません。
ものすごい頑張り屋の方は、それは当たり前のことだと思われるかもしれませんが、
誰かの荷物を背負いながら一人で頑張るとしたら、かなりのエネルギーを必要とするわけです。
だからどうしても人の荷物までも背負い込んで頑張ってしまうときというのは、
その頑張りの「労力」「大変さ」など、過程を労う視点が大切です。
何かを背負う生き方をしているとき、自分ではない何かを背負い続けているわけですから、
「その人」や「その環境」が変わるまで、心が休まることはありません。
何かを背負うということは、自分の許可だけで自分を止められるものではありません。
自分が背負うことを止めてしまったとしたら、背負った誰かが「傷つく」かもしれません。
背負った「職場」が潰れてしまうような状況に追い込まれてしまうかもしれません。
あなたが与えてきた影響力にも目を向けていく
そして何より誰かの荷物を背負える方というのは、本当に愛情深い方が多いのです。
人が背負えない荷物を背負うということは「私が背負わなければ、その人は何かしらの形で嫌の思いをしてしまう」と感じたことです。
誰かの荷物を背負う時というのは、
大抵自分の中にある困っている人を何とかしてあげないと、というセンサーが発揮されたときではないかと思います。
でももし、あなたが背負い続ける生き方をしなかったとしたら、その人やその職場はどうなってしまっていたでしょうか。
例えば職場の成績を担おうとしていた場合なら、あなたが背負わなかったとしたら、その会社は潰れていたかもしれません。
潰れていなくとも潰れそうになり、毎日怒号が飛び交うような喧嘩が絶えなかったかもしれませんし、
そしたら職場に笑顔や楽しみはなくなっていたはずです。
少なくとも和気藹々ではなくなり、殺伐とした職場になりやすいはずです。
また何とかして事業の立て直しを図りたいという思いから、
「強制的に仕事を振られる」「無理難題な要求をされる」「残業をより求められる」など。
パワハラに近くなる指示をされる方も居たかもしれません。
それらは全てかも論であるだけに、目には見えないものです。
でもあなたが背負い続けてきたことで、
あなたの近くにいる人たちはそれだけで守られ、恩恵を受けていたということです。
だからこそあなたが近くの人を守ってきた分だけ、今度はあなたが守られ大切にされる側に回って良いのではないかと思います。
背負い込む生き方はもしかしたら昔から?
また自分の背負い込む生き方でしんどさを感じた時に、自分のパターンを見つめ直すのも大切かもしれません。
・幼いころから両親のことを心配したりしてきませんでしたか。
・学校で放っておけない子を見ては、心配で助けようとしてきませんでしたか。
・兄弟の中でもいつも自分がしっかりする立ち位置に居続けませんでしたか。
どこかずっと、困っていたり辛そうな人見ては放っておけないことが多かったかもしれません。
その場合、ずっと誰かの苦しみや痛みを背負ってこられたのかもしれません。
ここでも大切なのは、背負える自分の魅力を認め、
背負う生き方の大変さを労い、
背負ってきた生き方の影響力を理解することです。
背負った荷物を降ろせば降ろすほど、新たな才能も見えていく
背負った荷物を降ろすというのは、あるべき場所にその荷物を返還することです。
それは問題が起きたならば、誰か任せにするではなく、自分で解決する心を持ってもらうということです。
例えば、職場の営業成績を担っていたとしたら、会社全体でどう売り上げをより上げていくか考えてもらう働きかけをすることかもしれません。
ミスが多くてあまり反省しない人との間の関係性だとしたら、その人に自分の足で立ってもらうために信頼をすることかもしれません。
いわばそれは、自分一人で行っていたことを他の人にも再現してもらうということです。
そこでは「信頼」や「支援」または「結果を委ねる」なんてことも必要とされるかもしれませんが、
「やらなきゃいけないこと」を「自分以外でもできる」と感じ続けられる毎日は、
自分の心をとても楽にしてくれますし、
より本当に自分がやりたいことに集中した生き方をしていくことにも繋がっていきますからね。